モチーフからデザイン、素材の組み合わせで新しいものを創作する難しさ。
あるモチーフから何かしらをデザインする。
素材も、あれこれ考えて組み合わせる。
そうやって、何か新しいものを作り出そうとする。
一番のネックが、どこにでも先人が居るということかもしれない。
例えば、昆虫をモチーフとした日用品や置物を陶器で作ろう!って時。
検索すると、そういう創作をしている作家さんが既にいる。
カエルをモチーフにガラス細工で小物や置物を作っている人も、最初はユニークなデザインだったのだろう。
でも、もはや、どこにでもある。
海洋生物という括りひとつとっても
海洋生物、モチーフあたりで検索すると、絵やオブジェ、栞、キーホルダーからフォントまである。
このモチーフを用いて、新しい創作をやっても、「どこかにあるよね?」という不安と「どこかで見たよね?」という評価が頭をよぎって、「このモチーフじゃだめだ」と先に進まない。
タコもクラゲもイカも、タツノオトシゴも、カツオノエボシも、アンコウ、ウミガメ、グソクムシまで。
どんなモチーフも誰かが先に使ってて、あらゆる素材であらゆる創作物がある。
もう、たぶん、完全に新しい創作っていうのは難しいのかな……と思ったりするのです。
生き残るにはとび抜けるしかない
その中で生き残るには、とび抜ける必要がある。
同じモチーフ、同じ素材、同じ用途でも、他とは違う点を作り出す。
微に入り細を穿つ繊細さ。
ストーリー性。
そのデザイナーにしか出せないデフォルメ。
などなど。
そこを追求できるかどうか。
追及している間に、「同じモチーフで作ってる人もいる」、「自分より上手い人が造っている」、「先人がたくさん」といったモヤモヤした思いに負けない事が必須になってくる。
で、それらは物に限ったことではなく、小説でも同じこと。
小説でも、完全なオリジナルは……
似た設定、似た世界観の作品はいっぱいある。
自分が書く世界にも、先人がいて良いものを作っている。
そんな話は山の様にあるけれど、小説のいいところは、まったく同じものはできにくいってことかな。
完成品の優劣はあれど、パクリでもない限り同じものはできない。
先人の作った世界観や設定を持ってきて、自分の創作に合うように調整して、これだけでも随分と変わる。
そこに、別のストーリーから持ってきた骨組みを立てて、外装と内装に自分の色を塗る。
物理的な創作物だと、カラーリングの変更だけではパクリでしかない。
でも、自分で書いた文章だと、カラーリングが変われば、雰囲気も変わる。
骨格が同じでも辿る道がすこし違えば、それはもう違う話。
キャラが同じなら、二次創作かもしれないけれど、キャラが変われば、ストーリーの骨格が同じでも違う話になる。
そんな、「換骨奪胎」を解説した本をこの記事の紹介書籍にして、終わりにしようかな。
あとがき的な
今日も、好きな事を好きなように書いて、好きな様に終わります。
(終わるのは、この話題「飽きた」が一番大きな理由かもしれない。)
ああ、↑の小説に関しての創作とモチーフ、デザインの話は、作りとしての話であって、出来たものが面白い小説かどうかは別です。
そこには、先人の書いたものとの優劣もできるし、ストーリーやキャラのバランス、自分のカラーそのものの需要などなど。
いろんな要素があって、一意には語れない。
だから、色々書いてみるしかないんだけどね。
とか、なんとか偉そうなことを書いてて、創作の本文は進んでないってね……。
って書いてて、「確立された方法論はない。他人の文章を研究して、自分の文章を追求して、試行錯誤の上に、プロも苦労して書いてる」ってツイートをどこかで見かけたけど、出典が残っていない……。

