Twitterは死がそこにある。~ 1999年、夏、沖縄

 

Twitterは死がそこにある。~ 1999年、夏、沖縄

Twitterを本格的に運用し始めて、しばらくが経った。

いくつか、アカウントを持っていて、一つは執筆界隈のアカウント。

一つは、地理とか旅行系のアカウント。

そのどちらのアカウントでも目にしたことがある類のツイートの話。

ちょっと暗くなるけれど……、自分の心象の記録。

 

Twitterで触れる訃報

執筆界隈のアカウントでは、実は闘病中だった誰々が亡くなった。

旅行系のアカウントでは、〇〇は事故で急逝しました。

どこのだれかも知らないし、ツイッター上でもほとんど絡みも無かった相手の逝去を報告するツイートがある。

そのアカウントをタイムライン上で目にしたこともあるし、掲載されている画像なんかを見た事もある。

たま~に、いいねを押したことがあるアカウントがあったりもした。

その訃報で感じるのは、悲しさよりも寂しさかもしれない。

残念、だとも感じる。

その「寂しさ」や「残念」は、もっとそのアカウントのツイートに触れていたかった、そのアカウントが上げる写真や作品に触れていたかった、それがかなわなくなった「残念」で「寂しい」なのかな……。

誤解を恐れずに言えば、アカウントの中の人の存在感の希薄さもあるし、本人に悔いがあったかどうかは、想像でしかない。

けれど、これまで触れてこなかった、知ることのなかった、他人の死に触れる機会が多くなかった気がする。

ツイッターって狭い世界ではあるものの、その人が活動していたという事実を、知っている人たち。

関係の深さはともかく、新聞のお悔やみ欄の名前の羅列とは違う。

 

これは、良いことなのか、そうじゃないのか。

と、ここまではネットを介した訃報の話。

 

友人の死

4年半前、友人が突然死んだ。

その日、たまたま自宅で昼前のローカルニュースを見てた。

地元で、交通事故があった。

交通事故のニュースって、〇〇勤務の、とか、〇〇職員の、とか、〇〇の、とか、職業を先に言う。

「職業〇〇の、A田B郎、〇歳」という報道の仕方をする。

「職業○○」って出た時に「まさか、あいつじゃないよね」って、頭の中では冗談交じりだった。

でも、一瞬後に、その友人の名前が報道された。

 

帰宅途中、車に轢かれた。

一晩、頑張ったけど、今朝死んだってニュースだった。

 

20年近い付き合いがあって、全く別のところで知り合った自分の奥様が、そいつと同郷でそいつの家族との付き合いもあって、夫婦で通夜に行った。

その頃、ウチの奥様は娘を妊娠中だった。

そいつのところには、ほんの3ヵ月前に3人目で初めての女の子が生まれていた。

ウチの嫁さんが「これから娘を持つパパとして、話が出来たのにね」と、泣いてた。

自分は、全然実感がなくて、通夜も葬儀も涙が出なくって。

別の友人がおいおい泣くのを、ぼーっと見てた。

 

「1999年、夏、沖縄」

葬儀から数か月たったある日、夜、テレビ見てたら、ミスチルの過去のライブ映像が流れてた。

そこで、「1999年、夏、沖縄」を桜井さんが歌ってた。

そういえば、あいつがカラオケで歌ってたなぁって思いだした。

そいつとカラオケ行ったのは、数えるくらいしかない。

そのたびに歌っていたのか、歌ったのは一度で、ただ印象に残っていたのかはわからない。

あいつが、好きだった曲なのかどうかも、今となっては判らない。

夕食の時だったけど、テレビから流れる歌を聞いてたら、色々思い出したのか、ぶわーって、涙が出てきた。

そのときに、ああ、あいつは死んだんだよね、って。

もう会えない寂しさと、もっと会う機会はあっただろうって後悔と、色々な感情に襲われた。

 

 

ってことがあったな、と。

今年も夏が終わるねぇ、と。

ツイッターで誰かの訃報に触れたとき、そんな事を思い出した。

 

“時の流れは早く、もう三十なのだけれども”

そう歌ってたあいつは、三十五は迎えずに逝った。

その歌を聞いてた自分は、もうすぐ四十だよ。

“あぁ、ぼくに何が残せるというのだろう”

 

 

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