プロの小説を写すことで得られるもの。

プロの小説を写すことで得られるもの。

最近、小説の練習と称して、プロの既刊の作品を丸写しする事を、小説写経としてやっている。

一言一句違わずに、ただただ、写す。

わかつきひかるさんの著作にあった、そのジャンルに合った文体を得るための練習法である。

わかつきさん曰く「写経」だそうだ。

とりあえず、やってみよう。くらいの気持ちで始めた。

始めてみると、色々と得るもの、分かったことがあったので、記事にしてみた。

 

小説写経で得られるもの。速度の測定。

有栖川有栖さんの著作で小説写経してるのだけれども、まず、速度について。

小説写経で、今は1時間で4000字12枚弱。

これは、先の執筆速度の記事にも書いた通り。

まずは、写経でこのレベルだから、創作では当然このレベルには達しない。

創作でこのレベルを超えるのが一つの目標でもある。

そのためには、タイピングの速度向上が欠かせない。

 

創作に関しては、プロットをしっかり作り込むことで、執筆の大きなウェイトを占める部分が終わる。

それを文章化するのは、ある意味作業かもしれない。

もちろん、文章化の時点で試行錯誤は必要だけれど、自分の場合プロットがしっかりしている事が執筆速度の向上に寄与する事が判っている。(先のブログ)

プロットをしっかり作っていれば、筆は進む(ハズ)。

文章化の部分は、タイピングの速度の向上で対応できる、という事になる。

ってことは、量を書くしかないのか…。

ま、多筆ってそういう事よね。

 

小説写経で得られるもの。ボキャブラリーの多寡の観測

そのほかには、自分の言い回しの引き出しが少ないことに気づかされる。

ボキャブラリーってやつ。

名詞はもちろん、動詞、形容詞、慣用句。

ボキャブラリーには、知っている言葉と使えている言葉の2種類があって、小説で書けるのは、「使えている言葉」だけの様だ。

他人が書いた文章を読むと、意味も知っているし、使い方も知っているけれど、自分では使っていない言葉が出てくる。

そういう言葉は、自分の創作では出てこない。

キャラは、著者が「使えている言葉」しか話せない。

地の文には、著者が「使っている言い回し」しか出てこない。

知ってるのと、使えているのは、違う。

「理解語彙」と「使用語彙」というらしい。

この「理解語彙」と「使用語彙」は、「語彙力を鍛える」(石黒圭 著)の請け売りだけどね。

 

そんな、「ああ、こんな表現、言い回し、単語、あるよね!」って言葉に気づかされる。

読んでるだけだと、そこまで考えない。

自分で、丸々打ち直して、初めて、「自分じゃ使えない言葉だ」と気づく。

キーボードの手癖で、普段打たない動きって気づくのかもしれない。

 

小説写経で得られるもの。閉じるか開くか

あとは、漢字で書く言葉と平仮名でかく言葉かな。

一応、著作の中では統一する様にはしているけれど、開く言葉と閉じる言葉の使い方。

これが、ちゃんとできてるかどうか。

ああ、この作者はこの言葉は閉じるんだ!って気づいたり。

自分の場合は、「〇〇の様だった」をよく閉じるけれど、セオリーとしては、開くらしい……

知らんけど(笑)

この辺は、ホントに、著作で統一出来てればいいんじゃないかなぁ~くらい。

一般的な表現はあるだろうけれど、ビンを瓶って書く人も壜って書く人もいるわけで……

 

小説写経で得られるもの。テンポや書き分け

最後は、テンポかな。

これは、会話と地の文のつなぎかただったり、一つのカギ括弧の長さだったり、一文の長さだったり。

会話のやり取りで、発言者をどこまで明示するかってことだったり。

ホントは、同じ意味の文章でも、発言者が判るような書き方を模索すべきかもしれない。

でも、必要もないのに書き分けの為だけに、関西弁や津軽弁の人が出てくるのもいやだし、年寄を表すのに「わし」なんて、最近の爺は言わない。

語尾に「ぴょん」とか「でやんす」とか付けないでやんす。

いやいや、筆力っていうのは、そういう語尾や方言ではないところで表現しないといけないぴょん。

 

そんなところでしょうか。

 

定期的に続けようと思う(自戒)

とりあえず、自分の為になっている、自分の筆力向上に寄与しているという実感はものすごいので、定期的に続けていく予定です。

 

というのも、ミステリーの写経をやっているのだが、実は、まだ1話も終わっていない。

写経の途中でこの記事を書いている。

なので、とりあえず1冊はやってみる事にしている。

たとえ、どれだけ時間がかかっても……(´・ω・`)

 

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