存在しない文章たち
パソコンの中にたまった未完成の文章。
完成されていない創作の断片。
ネタにもなっていないメモ。
そんなのは、この世にはまだ存在していない。
公開されていない文書は存在していない。
最近、そんなことを考える。
メモは増えるけれど
いしかわゆきさんの「書く習慣」にあった「今のうちにたくさん自分の文章をバラまいておけば、自分の分身として未来で勝手に働いてくれる。そんな可能性があります。」という文言。
それにつられて、つらつらと書いているブログではあるけれど、ブログのネタとして保持しているメモばかりが増える。
最近は、創作本文の方が進んでいるから、ブログのネタのメモが溜まっていくという状況も、何とか精神的に参らずに済んでいるけれど。
それでも、このメモは、まだ公開されておらず、世間的には存在していないことと一緒だと思うと、ん~って感じ。(笑)
作りかけの創作、1冊にまとまっていない短編、100枚書いて放置している文章。
そんなのは、公開されていないから世間的には存在していない。
そう思うと、この文章たちに、どうにかこうにか存在する場所や、存在できるスタイルに整えてあげたいと思ったりもする。
パソコンの中の存在しない文章たち
ざっと書くと、現在公開されている創作は、ロイドの1冊のみだから、だいたい180枚くらい。
対して、世間的には存在していない創作は、ざっと3000枚くらいある。
現在執筆中の中編が1本、同じシリーズで修正が必要な中編が1本。
ロイドの2作目が、1冊の分量には短編1本分足りなくて、放置中。
構想だけで、プロローグを書き始めて、十数枚で止まってる、なんて創作は5~6本ある。
その他、ワンアイデアで書いた短編も複数。
シリーズものの第一作と思って、1冊書いたけど、どうもしっくりこなくて、推敲とリライトが必要な長編が1本。
上記シリーズの2作目と思って1/3ほど書いて放置中のものが1本。
3作目と思って、5枚だけ書いたのもある。
小さいのも、がらっとジャンルが変わってるアレコレを多数。
振り返れば、書いてきたものはいっぱいあるけれど、それはこの世に存在していない。
だって、公開していないから。
独り立ちさせてあげたい、という思いはある
これを、どうにかこうにか、独り立ちさせたい。
存在の場と、存在できる形に仕上げて、公開して。
そうすれば、「自分の分身として未来で勝手に働いてくれる可能性がある。」かもしれない。
まあ、そのためには、リライトと執筆とってことなんだけどね。
まあ、この記事は自戒です。

